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オデジャネイロオリンピックで日本の旗手を務めた右代啓祐が話題です。

そこで本日は、そんな右代啓祐のオリンピックでの結果から、コーチのこと、武井壮との関係について調べてみます。

右代啓祐の十種目競技

聞いたことはありますが、実際にどんな競技なのか調べてみました。

すごくハードです。

トライアスロンとかよりももっとハードなんでしょうね?

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右代啓祐の種目は十種競技

十種競技(じっしゅきょうぎ)とは二日間で合計十種の競技を行い、その記録を得点に換算した合計得点で競う陸上競技。
英語名はデカスロン(decathlon)。

「走・投・跳」すべてが求められる「キング・オブ・アスリート」と呼ばれる競技で、日本人は体格や持久力の問題でなかなか世界に行きにくいとされてきたスポーツ

その理由はなぜかというと、短距離走、中距離走、長距離走、投てき、跳躍といったそれぞれ相反する身体能力を必要とする競技において、すべてで一線級の成績を残さなければならないから。

一日目

100m
走幅跳
砲丸投
走高跳
400m

二日目

110mH
円盤投
棒高跳
やり投
1500m

めちゃくちゃハードそうです。

右代啓祐(うだいけいすけ)プロフィール

usirokeisuke

1986年7月24日生まれ

身長:196cm

体重:95kg

血液型:A型

スズキ浜松AC所属

右代啓祐と武井壮って関係あるの?

なぜ武井壮が関係あるのか?

テレビでなんとなく聞いたことがあったのですが、武井壮は十種目競技をやっていたのです。

しかもチャンピオンだったんですよ!

バライティー番組などで人気の百獣の王は十種目競技の元日本記録保持者でした!

右代啓祐を世界で戦えるまでに成長させたのが武井壮だというから驚き!!

そんな二人の出会いは武井壮が日本陸連の混成競技合宿の臨時コーチを務めていたときです。

やっぱり武井壮はすごいんですね!
コーチをしていたなんて、改めて実感です。

当時、右代啓祐は投てきや跳躍といった種目が得意だが、走る種目が苦手な選手だったという。

そんな時、
「競技だけやっていても強くならないぞ」
との一言が苦手を克服するきっかけになり、11年には日本記録を樹立することになったんだとか。

「トレーニングに対しての考え方、アスリートとしての振る舞いなど 今まで考えもしなかった視点で指導してもらいました。恩師からの『頑張れよ!』の言葉が僕にとって最高のプレゼントであり、刺激になりました」

といったコメントもあり、武井壮を恩師と慕っているようです。

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usirokeisuke

右代啓祐のコーチは70歳?青木誠一

彼のスプリント部門のコーチが青木誠一

青木誠一

1971年から青木寝商で働く

一日のスケジュールは、午前4時に起床し3枚のふとんを作り、午前9時から午後5次まで配達と店番を行っている。

30代前半から体質改善のため陸上競技に取り組み、雑誌・本で陸上を研究し青木理論を考案。

約30年前から陸上教室を開き週3回、午前9時半から中学生以上を対象に教えていた。

ふとん店の前でペダルなし自転車と踏み込みマシーンを使い特訓を行っている。

70歳、町のふとん職人である。

なんと青木誠一コーチは37歳の時に初めて陸上の大会に出場した全くの素人だというからこれまた驚き!

誰かに習ったわけでもなく、独学で勉強をするために陸上雑誌を定期購読してスプリントを勉強し、近所で子供たちのために陸上教室を開いていたとか。

ある陸上大会でたまたま右代啓祐を見つけ、彼の下に歩み寄り「私の陸上理論を聞いてくれないか」と売り込んだのだという。

熱血営業マンですね~

青木誠一コーチの練習内容というのが、ふとんを使ったスタート練習など陸上の常識にはないユニークな練習。

「布団ダイブ」スタート練習や3連パラシュートなどというものだそうです。

ふとんを使うとは、さすがふとん屋です。笑

その練習の甲斐もあってか、苦手としていたスプリント部門で高い点数が出るようになったといいます。

なんでも、週2回3時間の講習を行い、3年間で50m走のタイムが1秒近く速くなったのだと。

その後日本記録を更新、アジア大会で金メダルと成績を収めていっています!

ん?

スプリント部門のコーチということは、他の競技でもそれぞれコーチを付けているということですよね?

フィジカル部門やウエイト部門なんかがあるのでしょうか?

コーチに支払う代金もかかるだろうに、すごいんですね。

2012年には日本選手権を3連覇してロンドンオリンピックへ出場!

結果は7842点で20位でした。

しかし!

十種目競技で日本人選手の出場自体が1964年東京オリンピックに出場した鈴木章介以来、日本選手48年ぶりとなるオリンピック出場でした。

2015年7月5日の第99回日本選手権では8058点で大会6連覇を達成!

7連覇のかかる2016年の日本選手権では、直前に棒高跳びの練習でポールが折れて左手親指の付け根を骨折、左膝にも6針縫うケガを負ったため、1種目終了時点で医師の助言に従い、大事を取って棄権しています。

その後脅威の回復力を見せ、翌月にはリオデジャネイロオリンピックのオリンピック日本選手団の旗手に選出されています。

そんな右代啓祐の2016年リオデジャネイロオリンピックでの活躍に期待せずにはいられません!


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